翻訳よもやま話

第五回「辞書の選び方、使い方(後編)」

こんにちは。今回は「辞書の選び方、使い方」シリーズの最終回として、英英辞典、英語図解辞典、分野別辞典についてお話しします。

英英辞典

皆さんは、英語の文章を日本語に翻訳する際に英英辞典をお使いでしょうか。英語を日本語にするのだから英和辞典だけで用が足りる、とおっしゃる方が多いかもしれませんね。意味がわからない英単語があれば、英和辞典を引いてそこに載っている訳語を当てれば良いのですから。確かに日本語と英語の間で一対一の意味上の対応が成立する単語であればそれでも良いでしょう。例えば文章の中に「dermis」という単語が出てきて、英和辞典を引かずに、英英辞典の定義(the thick layer of living tissue below the epidermis that forms the true skin, containing blood capillaries, nerve endings, sweat glands, hair follicles, and other structures [出所:New Oxford American Dictionary])だけから「真皮」という訳語を思い浮かべるのは至難の業です。そういう場合は、手っ取り早く英和辞典で訳語を調べる方が効率的です。

でもちょっと待ってください。日本語と英語の間で一対一の対応が成立するケースは、前述のような理系の用語を除いて、実はそれほど多くありません。英和辞典に載っている、英単語に対する日本語の訳語は元の英語の「近似値」(approximation)だと思った方がよいでしょう。両者の間にはどうしてもずれがあり、訳語だけで英単語の意味を理解した「つもり」になるのは危険です。

私は英日翻訳の作業中に、ある英単語を英和辞典で引いて、そこに載っている訳語ではどうもしっくりこないときには、元の英単語に戻ってその定義を英英辞典で確認するようにしています。そしてその英単語の本来の意味がわかったら、そういう場合に日本語だと何と言うのが最も近いかを考えるのです。つまり「要するにそれは何か」を日本語で考えるわけです。例えば、

He is a controversial figure and faces strong opposition even in his own party.

という文があったとします。この中の「controversial」を英和辞典で引くと「異論のある、議論を呼ぶ」という訳語が載っています。しかし人物について「異論がある、議論を呼ぶ」というのは日本語としてしっくりきません。そこで「controversial」を英英辞典で引いてみます。私がこういう場合に頼りにしているのが『Webster's Third New International Dictionary』(Merriam Webster)です。そこでは定義はこうなっています。(< >内は引用例)
controversial: arousing controversy: being an object of controversy <a controversial figure in public life> <the matter is ... highly controversial and calculated to provoke violent dissent in many quarters>
さらに「controversy」を引くと
controversy: a cause, occasion, or instance of disagreement or contention: a difference marked especially by the expression of opposing views
とあります。これからすると「controversial」は一般的な英和辞典の訳語の「異論がある、議論を呼ぶ」というより、もっとはっきりと「論争を呼ぶ、意見の対立を引き起こす」という含みであることがわかります。よって先の例文にあった「controversial (figure)」は、「何かと物議を醸す言動が多い(人物)」とするのが英語本来の意味に近い訳と言えます。

このように、英日翻訳の際に、英和辞典の訳語をそのまま引っぱってくるのではなく、英英辞典で英単語の本来の意味をつかんで、文脈上それに最も近い日本語は何かを考える癖をつけると翻訳力がぐんとアップします。そのとき前編でご紹介した日本語のシソーラスを活用して、訳語をさらに磨くようにすると完璧です。

この『Webster's Third New International Dictionary』は半世紀以上前の1961年の刊行です。その後生まれた新語は数年ごとに追加される補遺(addendum)ページである程度はカバーされるものの、固有名詞や百科的な項目は最初から収録していません。それらを除く45万語について、1,000万枚を超える膨大な用例カードから導き出された、厳密な意味区分による正確かつ明解な定義を与えています。その用例の一部は辞書にも収録されていますが、単なる添え物ではなく、「定義を補完、補強する用例を載せる」との方針に沿ったものが多数収録されています。この辞書は言葉の使用実態をありのままに記録する(descriptive)という編集方針をとったため、刊行当初、辞書は規範を示すべき(prescriptive)という保守層から「寛容すぎる(too permissive)」とのごうごうたる批判にさらされました。そのあたりのいきさつが『ウェブスター大辞典物語』(大修館書店)で詳しく語られています。しかし、その基本語彙の厳密な意味区分と定義にかけては、半世紀を過ぎても他辞書の追随を許さないほどです。ですからいまだに愛用者が多いのです。ただサイズが大きい(かつ重い)のが難点で、広げるとそれだけで机を占拠してしまいますので、私は以前から使っていた書籍版を本棚の奥にしまいこんで、iPadアプリに切り替えました。

イギリスの出版社からは、英語を外国語として学ぶ人向けに優れた英英辞典が出ています。書籍版を買うとその内容と追加コンテンツを収録したCD-ROMが附属しているものが多く、それをパソコンにインストールできるので便利です。最近の私のお気に入りは、『Oxford Learner's Dictionary of Academic English』(Oxford University Press)です。収録語数はわずか22,000語と、一般的な英英辞典の数分の一程度しかありませんが、学生がレポートや論文を書く際によく使う単語に絞り、その一つ一つについて定義、使い方、用例、コロケーションなどの詳しい説明を施しています。また英語論文ライティングの手引きも付録としてついていますので、英文を書くための発信型の英英辞典と言えます。

英語図解辞典

英和辞典は英単語の意味を知りたいときに、和英辞典はある日本語の単語に相当する英語が何かを調べるときに引くことが多いでしょう。では、ある事物を英語で何と呼ぶのか知りたいが、その事物に相当する日本語がわからない場合、皆さんはどうされますか。例えば卓球のラケットでゴムが張ってある面を英語では何と呼ぶのでしょうか。そもそも卓球の「ラケット」は英語でもracketなのでしょうか。こういった疑問をたちどころに解消してくれるのが英語図解辞典です。

私のお薦めは『Merriam-Webster's Visual Dictionary』(Merriam Webster)です。この世の中の25,000点以上もの様々な事物(動植物、人体、生活用品、食物、機械、乗り物、科学、スポーツなど)の名称とその簡単な定義(いずれも英語)をフルカラーイラスト付きで説明しています。「えーっと、飛行機のあの部分は英語で何て言うんだっけ」というときこれを引くと即座にわかります。ちなみに、この辞典によると、卓球のラケットは「(table tennis) paddle」、ゴムが張ってある面は「face」、ゴムの下の木製ベース部分は「blade」です。

またこうした英語図解辞典の良いところは、日本で定着しているカタカナ英語に対応する正しい英語表現がひと目でわかるということです。例えば、「オートバイ」は「motorcycle」、「キャンピングカー」は「camper」、壁の「コンセント」は「outlet」といった具合です。ぱらぱらめくるだけでも楽しめます。(なお『Merriam-Webster's Visual Dictionary』は無料のオンライン版も利用できますが、目当ての単語に行き着くまで何度もクリックしなければならず、またイラストが1点ずつしか見られないので、必ずしも使い勝手が良くありません。)

分野別辞典

分野別辞典というのは、特定のジャンル(法律、経営、会計、IT、マーケティング、建築、医学、工学、環境など)の専門用語を集めて解説した辞典のことです。英和辞典でも大辞典クラスになると専門用語を多数収録しているものもありますが、網羅性という点ではそれぞれの分野の専門辞典にはかないません。分野別辞典には、日本語の見出し語に日本語で解説をつけたもの、英語の見出し語に英語で解説をつけたもの、英語の見出し語に日本語の訳語をつけたもの、またその逆などがありますので、例えば会計分野だけでも何冊も必要になってきます。ただしすべてのジャンルについてそれだけのものを一度に揃える必要はありません。まずは、ご自分の仕事の関係で使用頻度の高いジャンルから揃えていけば良いでしょう。また最近では様々なウェブサイトが特定ジャンルのGlossary(用語集)を載せていますので、それを利用するのも一つの手です。ただし無料のオンライン用語集はあまり網羅的ではなく、中には正確さを欠くものもありますので注意が必要です。あくまで補助として考え、正確さを期すために市販の専門辞典にあたってください。

私は10年前に翻訳の仕事を始めたときは、この種の分野別辞典はほとんど持っていませんでした。その後、翻訳のご依頼をいただくジャンルに合わせて、少しずつ揃えていきました。例えば企業のアニュアルレポートの翻訳のご依頼を初めて受けたときは、財務関連の専門辞典を、環境報告書の翻訳を手掛けるときは、環境関連の専門辞典を揃えるといった具合です。今では、科学関係(医学、電気・機械工学、物理、生物など)以外はほとんどのジャンルのものが揃っています。最近購入した特殊なものとしては、トレーニング用語辞典、フードビジネス辞典などがあります。

日英翻訳にしても、英日翻訳にしても、手っ取り早く専門用語の訳語を知るには、対訳式の用語集があれば間に合います。例えば日本語の決算資料を英語に翻訳するとしましょう。日本語版の貸借対照表に「繰延税金資産」とあれば、それを日英用語集で引くと「deferred tax assets」とあるので、それを当てれば済みます。「繰延税金資産」とは何かを知らなくても一応事は足ります。決算資料の中にはこういった日本語と英語の字句の一対一の置き換えで済む箇所もありますが、文章で業績や財務状況を説明した箇所、財務諸表に関する注記など、単なる字句の置き換えでは済まない箇所もたくさんあります。そういった部分は、日本語版の内容をある程度理解した上でないと適切な翻訳はできません。内容を理解しないまま、単に字句の置き換えで済ませてしまうと、出来上がった英文は読み手にとってわかりにくいものになってしまったり、場合によっては誤訳してしまったりすることすらあります。翻訳者が経理・財務のプロの方と同等の知識を持つ必要はありませんが、正確でわかりやすい訳文に仕上げるには、日本語の決算資料の内容がある程度理解できることが必要です。したがって、経理・財務用語に限らず、知らない専門用語が出てきたら、一つ一つ専門辞典でその内容を確認しながら作業を進めるという手間をかけることをお薦めします。

様々な分野についてそれぞれ特徴ある専門辞典が出ている中で、英英で収録語数、説明の明解さで私が重宝しているのはOxford Quick Referenceシリーズです。会計、財務、法律、経営、マーケティング、メディア、環境、ITなどビジネス分野は一通りカバーしています。

またビジネス用語を集めた英和辞典を1冊だけ選ぶとすると、『総合ビジネス英和辞典』(研究社)でしょうか。書名に「総合」とあるように幅広い分野について訳語、解説、用例を載せ、巻末には充実した和英索引がついていますので和英辞典としても使えます。

これは辞書の話ではありませんが、あるジャンルの文書の翻訳を初めて手掛けるときは、日英翻訳、英日翻訳のどちらであっても、日本語の入門書を読んでから翻訳作業に入ると良いでしょう。例えばコーポレートガバナンスに関する文書を初めて翻訳するときは、コーポレートガバナンスの基本を解説した新書を読むといった具合です。そうすることで、自分が翻訳しようとする文書が何を言っているのかが理解でき、より的確な翻訳ができます。

辞書の限界

第3回「辞書の選び方、使い方(前編)」の中で「辞書を過信するのも禁物ですが、うまく使いこなせば辞書は皆さんにとって良き相棒になってくれます。」と申し上げました。「辞書を過信しない」というのは、辞書は万能ではなく、その限界を知った上で利用するということです。辞書には①収録語のカバー、②タイムラグの問題がつきものです。どんなに大型の辞書でも、人間がしゃべったり、書いたりするあらゆる言葉や表現を収録しているわけではありません。ごく身近な言葉が漏れていたり、専門用語が拾い切れていなかったりします。また辞書の執筆がスタートしてから、編集・校正を経て、刊行されるまでには何年(場合によっては10年以上)もかかりますので、新語が載っていないことも多く、漏れていた語彙を収録するのはまた何年も先の次の改訂版まで待たなければならないということもあります。

①の例をあげます。私は以前勤めていた会社の海外研修制度に応募し、1984年から2年ほど米国のロサンゼルスにある現地法人で勤務しました。近所のスーパーで、買った物をレジで袋に入れてくれる際に、店員が"Paper or plastic?"と聞いてきます。初めて聞いたときは何のことかわからなかったのですが、「plastic」は「ビニール袋」のことだとわかりました。つまり店員は「紙の袋に入れますか、それともビニール袋に入れますか」と聞いていたのです。当時使っていた英和辞典には「plastic bag」が「ビニール袋」のことだという説明はありませんでした。またレジで「お支払いは、現金ですか、小切手ですか、それともクレジットカードですか」というのを"Cash, check, or charge?"と聞かれます。私の英和辞典には「charge」に「月賦で払う」という意味は載っていても、「クレジットカードで支払う」という意味は載っていませんでした。(最近の英和辞典にはいずれの定義も載っています。)

もうひとつ①の例です。前述のアメリカ生活中にTV番組、映画、アメリカ人との日常会話で、「out there」という表現を実によく耳にしました。これは文字通り「(家の中に対して)家の外(庭など)」という具体的な場所を指して意味で使われることもありますが、漠然と「世の中」「ここ以外の、不特定のどこか」という意味で使われることの方がはるかに多かったように思います。「people out there」は「世間一般の人、市井の人」ですし、「our troops out there」は「外地の兵隊」です。また当時はやった表現に「It's a jungle out there.」というのもありました。これは「世の中は食うか食われるか(だから気をつけろ)」という意味です。自分がいるcomfort zone(物理的、心理的)の外を「out there」と称しているのです。そのニュアンスがよくわかる最近の例を一つあげておきます。2004年のアメリカ大統領選挙戦中に起こったブッシュ大統領の軍歴詐称疑惑の真相に迫るノンフィクションからです。

People—including myself—had chuckled a bit when Hillary Clinton referred to the "vast right-wing conspiracy," but seeing is believing. There is a well-coordinated attack machine out there in the media world, a monster that waits in the woods for an opening and then overpowers the victim.

(Mary Mapes: Truth: The Press, the President, and the Privilege of Power, 2015)

「out there」は随分昔からある表現のようでしたが、当時使っていた英和辞典にも、英英辞典にも「out there」の形では収録されていませんでした。(ちなみに似たような表現に「over there」があります。こちらはある具体的な場所をイメージする場合に使われます。)

②のタイムラグについては、やはり前述のアメリカ生活中の1985年に、当時のレーガン大統領がソ連のゴルバチョフ書記長とスイスのジュネーブで初めて会談し、それまでの対ソ強硬路線一辺倒から歩み寄りの姿勢を見せたことがありました。それに対して米国内では保守派が「ソ連に譲歩するな」という論陣を張り、"Don't give away the store."と主張していました。「give away the store」は「店を明け渡す」が原義ですが、注意して新聞や雑誌の記事を読むと、商売とは関係なく、比喩的に「敵対する相手に譲歩する、弱腰である」という意味であることがわかりました。結構頻繁に目にする表現でしたが、英和辞典の中では圧倒的な収録語数の多さを誇る『リーダーズ英和辞典』(研究社)ですら1984年の初版、1999年の第2版ともに未収録で、2012年の第3版でようやく収録されました。

このように英和辞典では、生活に密着した語彙、あるいはイディオムという意識なしに発せられる言葉などが収録対象から漏れることがあります。また、新語が収録されるまでに随分長い時間を要する場合があります。だからといって辞書の価値が下がるということではなく、3回にわたってご紹介したさまざまなタイプの辞書を目的に合わせて使うことで、それぞれの若干の不備を補って余りある、中身の濃い、質の高い情報を手軽に得ることができます。翻訳のツールとしてだけでなく、時間のあるときに、これらの辞書をぱらぱらめくって、たまたま目に入った説明を読むだけでも思わぬ発見があります。辞書は宝の山です。辞書が皆さんにとって良き相棒になるかどうかは、使いこなし次第です。


ということで、3回にわたって「辞書の選び方、使い方」というテーマでお話ししてきました。まだまだご紹介したい辞書は山ほどありますが、辞書の話だけで連載が終わってしまいそうですので、このあたりでひとまず終えます。

次回からは、より実践的な翻訳テクニックをご紹介しようと思います。お楽しみに。(なお、次回から隔月の掲載になります。)

では、また。

筆者紹介

新見暢朗 Noburo Niimi

英語歴30年、翻訳者歴10年、ビジネス文書の英日・日英翻訳のエキスパート。
日系電機メーカーのロサンゼルス現地法人で15年活躍し、その後フリーランスの翻訳者へ。
Brainwoodsの経営顧問でもあり、翻訳講師として社内研修も担当。

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